赤い実 Little red fruits

標準

nan 11.4

重いほどたくさんの南天が赤くなっていました。

この句は、小さな赤い南天の実を人生に喩えて、人間は広大な宇宙の中の一点で、人生もまた永遠に流れる時間の中の一点に過ぎない、といったことを詠んでいるそうです。

そうかも知れませんが、また会えると思い込んでいた人が知らない間に亡くなっていると知ったら、それはやっぱり衝撃でした。

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I found heavy clusters of little red fruits of nandina.

I learned the poet compared a life to a little nandina fruit and portrayed a human being as a single little point in the vast universe and a life, a single little point in the eternal passage of time, as well.

That maybe true, still it was a terrible shock to know someone who I was so sure to meet again had already passed away.

In the eternal stream of time/

Is this life/

Nandina fruit/

Translation and calligraphy by Tomoko

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